「舌」(横溝正史)

思考が気持ち悪い方向に誘導されていく

「舌」(横溝正史)(「誘蛾燈」)角川文庫

人通りも少ない薄暗い横町に
開いていた露店に
足を止めた「わたし」。
そこにはグロテスクな仏像や
胎児の標本など
奇々怪々な品物が並べられていた。
中でも「わたし」の目を引いたのは、
広口瓶に入った
正真正銘の人間の「舌」だった…。

最近、
本物の人骨を使った人体標本が、
全国の高校の理科室から
見つかっているという
ニュースを聞きました。
模型だと思ったものが
実は本物だったとすれば、
気持ち悪いばかりです。
でも、本作品の「気持ち悪さ」は
それどころではありません。

わずか6頁ながら、
背筋が寒くなる作品であり、
ミステリーというよりも
ホラーなのでしょう。
読んでいるうちに、
自分の思考がどんどん
気持ち悪い方向に
誘導されていくのです。

本作品の「気持ち悪さ」①
なぜその商人が「舌」をもっていたのか

殺害された男には
「舌」がなかったことが知られています。
その「舌」をなぜこの商人が手に入れ、
保存することができたのか?
この商人は一体何者なのか?
殺人事件にどう関わっているのか?
考えれば考えるほど、この商人が
おぞましい存在に思えてきます。

本作品の「気持ち悪さ」②
夫人はなぜ夫の「舌」を買い求めたのか

男を殺した女は
別の場所で自死しています。
殺された男の妻が
その舌を買い求めたのは、
どう考えても夫の「遺品」としてでは
なさそうです。
もしやこの夫人が夫を殺したのでは?
そしてその罪を女に
なすりつけたのでは?
この「舌」はその犯罪の証拠品なのでは?
商人はそれを承知で
「舌」を夫人に売りつけたのでは?
夫人は商人に強請られているのか?
ここから偽装殺人事件の筋書きを
創り出せそうなほどです。

本作品の「気持ち悪さ」③
夫人はなぜ「わたし」に「舌」を見せたのか

たまたま居合わせた「わたし」に、
なぜこの夫人は「舌」を見せたのか?
もしや「わたし」は
見てはいけないものを
見てしまったのか?
もしかしてすでに
事件に巻き込まれているのではないか?
「わたし」はこのあと無事なのか…?

一人称の文体は、それらが
読み手自身のことのように迫ってきて、
背筋が無性に寒くなります。
戦前に多彩な作品を残した横溝正史。
やはり横溝は
金田一ものだけではありません。

(2019.4.7)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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